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ピッペン「現代のNBAでも頂点を狙える」──90年代最強オールラウンダーが語る“時代を超える自信”とカリー・レブロンへの敬意

スコッティ・ピッペン、現代NBAでも通用する自信を語る

1990年代のNBAを語るうえで、スコッティ・ピッペンの名前を外すことはできない。マイケル・ジョーダンとともにシカゴ・ブルズの黄金期を築き上げ、2度の3連覇(91〜93年、96〜98年)を支えたオールラウンダーだ。そのピッペンが近年のインタビューで「今のNBAでも活躍できる」と語り、再び注目を集めている。

黄金期ブルズの支柱──“神様”を支えた万能戦士

ピッペンは1987年のNBAドラフトでシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)から1巡目5位で指名され、直後にシカゴ・ブルズへトレードされた。身長203cmながら高いボールハンドリングとディフェンス力を兼ね備え、ジョーダンのベストパートナーとしてリーグを支配。ジョーダンが引退した1993–94シーズンにはエースとして平均22.0得点・8.7リバウンド・5.6アシスト・2.93スティールを記録し、MVP投票3位に輝いた。

通算17年のキャリアで、リーグ優勝6回、オールスター出場7回、オールNBAチーム7回、オールディフェンシブチーム10回。さらに1994年にはオールスターMVP、1995年にはスティール王にも輝いている。守備の多彩さとチームを整えるバランス感覚は、ジョーダンからも「彼なしでは優勝できなかった」と称されたほどだ。

「時代は変わっても、挑戦にはならない」──ピッペンの確信

スペインの全国紙『エル・パイス』の取材で「現代のNBAでもプレーできるか?」と問われたピッペンは、即答した。

「問題ない。ゲームは変化したが、私のプレースタイルはどの時代にもフィットすると思う。80年代でも90年代でも、今のアップテンポなバスケットでも対応できる自信がある。」

ピッペンの全盛期は、フィジカルコンタクトが激しく、センターを中心にした“ビッグマン時代”だった。しかし現在はペース&スペースの時代。ポジションレス化が進み、1人が複数の役割をこなすバスケットが主流となっている。ピッペンの持ち味である万能性、ディフェンスのスイッチ能力、トランジションでの視野の広さは、むしろ現代にこそマッチするといえる。

ピッペンが見た現代バスケの象徴──ステフィン・カリーへの賛辞

ピッペンは現代NBAを象徴する選手として、ゴールデンステイト・ウォリアーズのステフィン・カリーを挙げた。

「最も印象的なのは、史上最高のシューター、ステフィン・カリーだろう。彼はキャリアの晩年に差しかかっているが、それでも驚異的なプレイヤーだ。シュートは一度身につければ失うことのない芸術。カリーはその才能をDNAとして持っている。あと10年は世界最高のシューターであり続けるだろう。」

ピッペンがプレーしていた90年代には、スリーポイントよりもポストプレーやミドルレンジが重視されていた。だが今や3ポイントはチーム戦略の中心。カリーの存在がそのトレンドを変え、ピッペンのような万能フォワードがより広いスペースでプレーできる時代を生んだとも言える。

「リーグ最高の選手になれる」──ピッペンの自己分析

「今のNBAでもリーグ最高の選手になれると思うか?」という質問にも、ピッペンはためらいなく答えた。

「そう思わない理由はない。当時と同じ努力をすれば、ベストプレイヤーに近い存在になれるはずだ。」

この発言は一見すると自信過剰に聞こえるかもしれない。しかし、ピッペンはただ過去の栄光を誇っているのではない。90年代の激しいディフェンス、フィジカルな環境、スイッチディフェンスが存在しなかった時代において、彼はすでに現代的な万能プレーヤーだった。スモールフォワードとしてガードのように運び、センターのように守る。まさに「ポジションレスの原型」だったのだ。

レブロン、デュラント、カリーとの比較──ピッペンの冷静な視点

インタビューでは、ステフィン・カリーだけでなく、レブロン・ジェームズやケビン・デュラントとの比較にも話が及んだ。「彼らのほうが優れていると思うか?」との質問に対し、ピッペンは慎重に答えた。

「時代が違うから、単純に比較するのは難しい。私は彼らの時代でプレーしたことがないし、彼らも私の時代を知らない。だが確かなのは、彼らがそれぞれの時代で並外れた存在であるということだ。私も自分の時代では同じように特別だった。彼らの功績を否定することはできないし、批判する気もない。」

このコメントは、自己主張と謙虚さが共存するピッペンらしい言葉だ。ジョーダンとの関係やブルズ王朝をめぐるドキュメンタリー『ラストダンス』では対立構図が強調されたが、彼の根底には常に“リスペクト”がある。

現代のチームにピッペンがいたら?──戦術的視点からの分析

もし2025年のNBAでピッペンがプレーするとすれば、彼の理想的なフィット先はどこだろうか。近年の戦術トレンドから見ても、以下の3チームが候補として挙げられる。

  • ボストン・セルティックス:ディフェンス中心のシステムとスイッチ戦術で、ピッペンの守備力が最大化される。
  • ゴールデンステイト・ウォリアーズ:カリーと共にプレーすることで、彼のパスセンスと外角ディフェンスが光る。
  • ミルウォーキー・バックス:ヤニス・アデトクンボとのコンビは、現代版ジョーダン&ピッペンとして機能する可能性がある。

特に“攻守両面での連動”を重視する現代バスケットでは、ピッペンのIQとスイッチ能力は価値が高い。彼の守備はゾーンでもマンツーマンでも機能し、1〜5番すべてに対応できる。もし現代に彼が存在していれば、「ドレイモンド・グリーンの進化版」と評されていたかもしれない。

時代を超えて語り継がれる「チームファーストの哲学」

ピッペンのキャリアで特筆すべきは、“自己犠牲”の精神だ。ジョーダンが主役であっても、彼は常にチームを優先し、守備・リバウンド・組み立てに徹した。現代のスーパースターが個人のスタッツを競う中で、ピッペンのような「チームを機能させる天才」はますます希少になっている。

近年の若手選手たちの間では、ピッペンを“究極のロールモデル”として挙げる声も多い。たとえばジェイソン・テイタムやミカル・ブリッジズ、スコッティ・バーンズらは、彼を理想像として挙げており、「攻守両面でチームを引き上げる選手」を目指している。

まとめ:ピッペンが今のNBAに残すメッセージ

ピッペンは過去の栄光に縋ることなく、現代のバスケットを肯定し、次世代のスターたちにエールを送る。彼の言葉には、時代を超えて“バスケットボールとは何か”を問い続ける哲学がある。

「努力を怠らなければ、どんな時代でもベストになれる」──この言葉は、彼自身のキャリアを貫いた信念であり、すべてのプレーヤーへのメッセージでもある。

もし今、ピッペンが現役だったとしたら──彼は間違いなく再びリーグを支配するだろう。そして、その姿はきっと、ジョーダンの隣で見せたあの時のように、チームを勝利へと導いているはずだ。

【NBA/シカゴ・ブルズ】 完全ガイド|ジョーダン時代の“二度のスリーピート”から現在(2025-26)までの歴史・栄誉・ロスター

シカゴ・ブルズ(Chicago Bulls)は1966年創設。イースタン・カンファレンス中部(セントラル)所属で、1990年代に2度のスリーピートで計6度優勝を達成した“王朝”の象徴的フランチャイズだ。本稿では、創設からMJ王朝、ローズ期、再建を経た現在のチームまで、歴史・戦術・データ・人物像の4軸で凝縮解説する。

超速サマリー(3行)

  • タイトル:優勝6回(’91–’93, ’96–’98)—すべてマイケル・ジョーダン在籍期。
  • 本拠地:イリノイ州シカゴ/ユナイテッド・センター(収容20,917)。
  • 現在地:若返りと再編の過渡期。コア候補はコービー・ホワイト、パトリック・ウィリアムズ、マタス・ブゼリスら。

基本情報(クイックリファレンス)

  • チームカラー:赤・黒・白
  • オーナー:ジェリー・ラインズドルフ
  • GM:マーク・エバーズリー / HC:ビリー・ドノバン
  • Gリーグ:ウィンディシティ・ブルズ

年代記ハイライト

1966–1980:定着と基盤づくり

“第3のシカゴ球団”として誕生。レッド・カー初代HC、70年代はジェリー・スローン、ボブ・ラブらで土台形成。

1984–1998:ジョーダン王朝の誕生と完成

1984年にマイケル・ジョーダン指名。’87年にスコッティ・ピッペン、ホーレス・グラントが加わり骨格が整う。’89年にフィル・ジャクソンがHCとなりトライアングル・オフェンスを実装、’91–’93で初のスリーピート。ジョーダンの短期引退を経て、デニス・ロッドマン加入で守備とリバウンドが強化され、’96–’98に史上屈指の“再スリーピート”を達成。

1999–2008:解体と長い再建

王朝解体後はドラフトを軸にリセット。タイソン・チャンドラー、エディ・カリー、ルオル・デン、カーク・ハインリックらで再起を探るも、頂点争いには届かず。

2008–2016:デリック・ローズ期—“守備のブルズ”復権

地元出身のローズを1位指名。トム・シボドーHC体制の強靭な守備でリーグ最上位勝率を記録、史上最年少MVPも誕生。ただし度重なる負傷で“未完のロマン”に。

2017–現在:バトラー放出→若返り→再構築

ジミー・バトラー退団で再建へ。ブーチェビッチ、デローザンらの短期強化を経て、若手中心の再スタートに舵。現行ロスターはサイズとスキルの同居を志向する。

“MJ王朝”を支えた3つの構造

  1. トライアングルの原理:スペーシング+ポスト起点の決定権分散。誰が撃っても理に適う設計で終盤の再現性を担保。
  2. ディフェンスの機動力:ピッペンの万能性とロッドマンのリバウンドでターンオーバー→速攻の量産。
  3. クラッチの“演出”:終盤にMJへ収束しつつ、パクソン/カーの逆サイド解放で必勝パターンを複線化。

現行ロスターの読み解き(役割/適性)

  • コービー・ホワイト(G):ショットメイクとP&Rの両立で1番の攻撃期待値を押し上げる軸。
  • パトリック・ウィリアムズ(F):3&Dの大型ウィング。指名当初の“ジャンボウィング像”を攻守で体現したい。
  • ニコラ・ブーチェビッチ(C):ハイポスト配球とポップでハーフコートの間接加点に寄与。
  • マタス・ブゼリス(F):サイズ×ハンドル×射程。中長期のビルドの核候補。
  • アヨ・ドスンム/トレ・ジョーンズ(G):POA守備と運搬で土台の安定化。終盤の意思決定の質が鍵。
  • ジョシュ・ギディー(G):セカンダリーの創造性。ハンドオフ連鎖とショートロール読みで攻撃の“余白”を作る。

いまのブルズはどう勝つ?(戦術メモ)

  • ハーフコート:ブーチェビッチのハイポスト起点+ハンドオフで連続優位を創る。角を空け、ウィングのドライブラインを確保。
  • 守備:POA(ボールに対する1線)とウィークサイドのタグ(ロールカバー)を徹底。ディフレクションで走る口実を増やす。
  • 終盤設計:ホワイトのプルアップ重力を“餌”に、逆サイドのスタッガー→ピンインで高確率ショットを演出。

名選手と“物語の継承”

  • マイケル・ジョーダン:6度の優勝、数々の伝説。競争文化の礎
  • スコッティ・ピッペン:万能性の原型。スイッチ守備の概念を前倒しで実装。
  • デニス・ロッドマン:外連味を超えたリバウンドの科学
  • デリック・ローズ:最年少MVP。“もし健康なら…”を今も語らせる唯一無二のスター。

アリーナ&カルチャー

ユナイテッド・センターは“ジ・イントロ”(A.カルブリッシのテーマ)や旗掲揚の演出で知られる“儀式性の高いホーム”。赤と黒の視覚体験は今もNBA屈指。

これからの論点(2025視点)

  1. 二枚看板の創出:ホワイト+(ブゼリス/P.ウィリアムズ)の相互補完をどこまで加速できるか。
  2. 2WAYウィングの厚み:POレベルで30分超を任せられるサイズ守備の層を増やす。
  3. 3Pボリュームの平時化:シーズンからアタック&キックの習慣を高め、終盤の選択肢を確保。

年表ミニ

  • 1966:創設。
  • 1984:ジョーダン指名。
  • 1991–1993:初スリーピート。
  • 1996–1998:再スリーピート、王朝完成。
  • 2008:ローズ指名(後に最年少MVP)。
  • 2010年代後半:再建へ。
  • 2020年代:若返りと再構築の過渡期。

FAQ

Q. なぜ王朝後は優勝がない?
A. 王朝の再現性(システム×人材×文化)を同時に満たすのは難しく、ケガやタレント曲線のズレも重なったため。

Q. 直近で必要な補強は?
A. 2WAYウィングの即戦力と、終盤でボールを預けられる第2の創造源(大型ハンドラー/プレメイキング4番)。

まとめ:ブルズが教える3つの原理

  1. 構造は資産:トライアングルに学ぶ“誰でも機能する仕組み”。
  2. 守備は伝統:王朝もローズ期も、勝ち筋の根は守備にあった。
  3. 物語の更新:“MJの記憶”を今の勝ち方に翻訳することが、次の優勝への最短路。

次の観戦ポイント:ホワイトのプルアップ→ブーチェビッチのハイポスト連携、P.ウィリアムズの指名防衛、ブゼリスの成長曲線。“赤黒の儀式”はまだ続く。

河村勇輝、シカゴ・ブルズの一員としてサマーリーグへ出場!MJ愛語るインタビューも公開

河村勇輝、シカゴ・ブルズの一員として再びNBAサマーリーグへ

2025年7月10日(日本時間)、NBAの名門シカゴ・ブルズが公式SNS(X)で河村勇輝のインタビュー動画を公開した。動画には、ブルズの練習着を着用し、仲間たちと汗を流す河村の姿とともに、サマーリーグへの意気込みが映し出されている。NBAでのキャリアを切り拓こうとする若き日本人ガードの再挑戦が、いよいよ本格的に始まった。

「MJの大ファン」—伝説の地で始まる新たな挑戦

動画内で河村は、流暢な英語で次のように語っている。「僕はただ勝ちたい。ここにいられてすごくうれしいです。素晴らしいコーチ、素晴らしい組織、素晴らしい施設がそろっています。僕はMJ(マイケル・ジョーダン)の大ファンです。これは大きなチャンス。楽しみです。素晴らしいチームメートがいて、ここにいられてすごく幸せです。チームのために全力を尽くし、私たちは勝利を目指します」。

マイケル・ジョーダンというNBAの象徴がキャリアを築いた伝統の地・シカゴ。河村にとってブルズの一員としてプレーすることは、少年時代からの夢の延長線上にある。背番号37を背負い、彼は再び世界最高峰の舞台に立とうとしている。

2024年はNBA22試合出場、世界と戦った一年

河村は2023-24シーズン、Bリーグ・横浜ビー・コルセアーズからメンフィス・グリズリーズに2ウェイ契約で移籍。NBA公式戦22試合に出場し、1試合平均10分程度のプレータイムで存在感を示した。NBA初得点を記録した試合ではスティールからの速攻やアシストも披露し、現地ファンやメディアからも「Electric」「Fearless」と高く評価された。

さらに、2024年夏には日本代表としてパリ五輪に出場。グループリーグでは1試合平均20.3得点、7.7アシストと驚異的なスタッツを記録し、チームの中心として奮闘した。NBA、そして五輪を経験したことで、河村の視野とスキルセットは確実にレベルアップしている。

ブルズサマーリーグ初戦は7月12日、ラプターズと激突

ブルズの「NBA 2K26 サマーリーグ」初戦は、現地時間7月11日、日本時間で7月12日に行われる予定で、対戦相手はトロント・ラプターズ。同大会には、ニューヨーク・ニックスの馬場雄大やインディアナ・ペイサーズの富永啓生も出場する見込みで、日本人選手の競演に注目が集まっている。

サマーリーグは、ドラフト選手や若手、2ウェイ契約候補らが契約を争う格好の舞台。河村にとっても、次なる契約をつかむ「サバイバル」の場であり、結果が問われる大会となる。

ブルズ紹介文が語る“NBA級”の実績

ブルズが公開した河村の紹介には、以下のようなハイライトが記されていた:

  • 昨シーズン:メンフィス・グリズリーズで2ウェイ契約、NBA22試合に出場
  • Bリーグ2022-23シーズンMVP
  • パリ五輪2024:平均20.3得点、7.7アシスト

これらの実績は、すでに河村が“世界レベルのプレーメーカー”であることを証明している。とくにパリ五輪での活躍は、NBAスカウトたちにも大きな印象を与えた。

身長172cmでも世界を相手にできる理由

河村の身長は172cmと、NBAでは極めて小柄。しかし彼はそれを補って余りあるスピード、判断力、パスセンスを武器にしている。ピック&ロールでの展開力や、ボールハンドリング、ショットメイク能力には磨きがかかっており、「身長が足りない」とされていたかつての評価を覆す実力を身につけている。

ブルズのような守備に強いチームにおいても、河村のアジリティと視野の広さは攻撃の起点として期待される要素だ。ハーフコートでもフルコートでも、その“瞬間を読む力”が勝敗を左右する場面が多々ある。

現地ファン・メディアも注目「サイズを超える闘志」

現地メディアも河村に注目。「小柄だが電光石火の動きと創造性が魅力」「試合のテンポを一変させるPG」「ブルズにとってユニークなオプションになる可能性がある」といったポジティブな評価が並ぶ。

また、ファンの間でも「マイケル・ジョーダン以来初めてブルズで応援したくなった選手」「世界で通用する日本人PG」など、応援の声が相次いでいる。

今後の去就に注目、Bリーグ復帰の可能性も

サマーリーグの結果次第では、再びNBA本契約または2ウェイ契約を勝ち取る可能性もある。一方で、もし契約に至らなかった場合はGリーグやBリーグ復帰の可能性も現実的選択肢として残されている。

河村は現在フリーエージェント(FA)状態であり、柔軟な進路選択が可能な立場だ。2025-26シーズンをNBAで迎えるのか、日本へ戻るのか。注目は尽きない。

まとめ:河村勇輝が“世界のKAWAMURA”になる瞬間は近い

河村勇輝は、ただの日本代表PGではない。身長のハンディを超えて、世界を相手に戦うリアルな「挑戦者」である。シカゴ・ブルズのユニフォームを身にまとい、再びNBAのステージへ向かう姿は、これからの日本バスケットボール界においても重要な意味を持つだろう。

サマーリーグ初戦から彼がどれだけインパクトを残せるか。今後のキャリアを占う大一番に向けて、河村の一挙手一投足に世界が注目している。