イントロダクション|「スターの年俸」と「現場の現実」のギャップ
選手の年俸は見出しになる。しかし、ゲームを成立させるのはレフェリー、チア、会場運営、広報、演出、配信、搬入・撤収といった“非スター”の人たちだ。
Bリーグのポッドキャスト『島田のマイク』第260回では、リスナーから寄せられた「スタッフ待遇」への率直な疑問――「選手に1億円を払えるなら、支える人にも然るべき賃金を」――に対し、島田慎二チェアマンが、2026–27シーズンから本格運用される新制度『B.革新』の中核であるサラリーキャップの本質を語った。論点は単純な“上げる・下げる”ではない。戦力均衡→リーグ価値の向上→投資の広がり→現場への波及という循環をどう実装するか、である。
問題提起|現場から上がった3つのシグナル
- レフェリーの過重負担:人数不足に起因する長距離移動・審判数不足・睡眠不足。
- チアの兼業常態:リハ・本番・移動・SNS発信まで求められる一方、報酬は地域・クラブ間でばらつき。
- 会場運営のボランティア依存:ファン体験の要なのに、責任・拘束時間に対し金銭対価が追いつかない。
これらは「一部クラブの課題」ではなく、リーグ全体の構造問題である。ゆえに解決も、個社の気合いではなく、制度設計と収益構造の更新で臨むべきテーマだ。
サラリーキャップの本質|“上限を上げない理由”という戦略
島田氏は「いたずらに上限を引き上げないで耐えている」と明言した。背景には次の現実がある。
- 上位クラブの上限到達:すでに複数のB.PREMIER(Bプレミア)参入クラブが選手総年俸8億円の制度上限域に到達している。
- ボトムの現実:一方で大半のクラブは5億円未満。ボトムアップが追いつかない中で上限だけ上げても、格差と赤字が拡大し、持続性を損なう。
戦力均衡がもたらすのは単なる“横並び”ではない。ゲームの不確実性が上がることで「どの試合も面白い」状態が増え、視聴・来場・スポンサーすべての価値が底上げされる。結果として資金が“上から下へ”ではなく、リーグ全体へと広がる――これが島田氏のいうトリクルダウンのエンジンだ。
数字で読む「分配の論理」|なぜ“今は”上限インフレが最適解ではないのか
仮に上限を10億、12億と段階的に引き上げたとしよう。追従できるのは一部の資本力クラブに限られ、勝敗の固定化と「勝てない側の観客離れ」を招く。結果、リーグの“平均価値”は伸びず、むしろ現場の待遇に回るお金は細る。
逆に、上限を据え置きつつボトムを引き上げる(収益の再分配・配分ルール・メディア価値の拡大)ことで、王者以外の市場価値が上がりやすくなる。ここにスタッフ待遇改善のファイナンス源泉が生まれる。
現場のアップデート|レフェリー、チア、会場スタッフの“いま”
- レフェリー:プロ審判は9人→来季20人体制への拡大を予定。「プロとして食べていける枠組み」を拡充し、報酬と稼働の安定化を進める。
- チア:クラブごとの財務事情に左右されやすい現状を踏まえ、外部委託・地元企業連携・IP活用など、収益とギャラの源泉を多層化する動きが拡大。
- 会場運営:ボランティア常態の見直しとして、有償化・交通費支給・ポイント制(物販・チケット還元)などのハイブリッド設計が各地で始動。
ポイントは、「コスト」から「投資」への視点転換だ。ファン体験(入退館、導線、音響、照明、演出、売店、動線案内、清掃)の質が収益に直結する以上、会場を回す人材はチームの中核資産である。
国際比較とBリーグ流の最適化|“背伸び”ではなく“設計”で勝つ
NBA/NFLのような巨大市場は、リーグプールやメディア収入の桁が違う。そこでのサラリーキャップやレベニューシェアを単純移植しても成立しない。Bリーグは日本の市場規模・企業文化・地域構造を前提に、メディア×配信×地域スポンサーの三層で稼ぐ“ラミネート型”モデルが現実的だ。
この土台が安定すれば、非選手の報酬テーブル(レフェリー、チア、運営、演出、データ、メディカル、セキュリティ)の統一基準づくりにも踏み込める。いずれは「役割別・技能別の推奨単価レンジ」をリーグが示し、最低品質保証を実現する未来も見える。
反論とリスクに答える|「まずスタッフに分配すべき」へのカウンター
反論A:「今すぐスタッフの賃金を上げるべき」
回答:賛成。ただし、恒常費の増加は資金源とセット。単年度の寄付やスポットでの補填は、翌年の縮小ショックを生みかねない。ゆえに、戦力均衡→価値上昇→持続的収益という順序が重要。
反論B:「上限を広げればスターが来て、全体が潤う」
回答:スター獲得は重要だが、勝敗の固定化は中位・下位の熱量をそぎ、リーグ平均の価値を押し下げる。Bリーグは“厚みのある競争”でリテンションを高める局面にある。
年表で整理|B.革新と待遇改善の歩み(要点)
- ~2024:サラリーキャップ設計を公表、B.PREMIER参入条件の明文化が進む。
- 2025:上位クラブで総年俸上限接近、ボトムの多くは5億円未満の現実が顕在化。
- 2026–27:本格運用期へ。戦力均衡の増幅とメディア価値の再評価で分配余地の拡張を狙う。
- 同時進行:プロレフェリー9→20人体制へ。チア・運営の外部委託/地域連携のモデル化が加速。
実務に落とす|クラブが今日からできる“待遇の作法”チェックリスト
- 職務定義:レフェリー・チア・会場・演出・データに対し、職務範囲と成果定義を明文化。
- 有償ポリシー:無償・謝礼・有償の基準を公表。移動・食事・交通の実費は原則支給。
- 稼働設計:拘束時間の“見えない延長”(早出/撤収/待機/SNS)を工数に算入。
- 育成ライン:審判/演出/オペ/配信の研修→アシスタント→リードの昇格と昇給ルート。
- 複線収益:出演/演出/配信/EC/イベントの成果連動スキーム(歩合・マージン・二次利用料)。
ビジネスへの横展開|“安全運転の知恵”は組織運営にも効く
本エピソード後半で触れられたドライバーの危険予測は、ビジネスのリスク共有と同型だ。
経験→知識化→共有→標準化の循環を回し、「誰がその場に立っても同じ危機感で動ける」状態を作る。これは審判割当、導線誘導、トラブル時の再現性に直結する。現場知を言語化し、人に依存しない運営を設計することが、待遇改善(人を増やす・休ませる)の前提になる。
GL3x3視点の提案|“役割から思考へ”の人材設計
3×3はオールスイッチ+ペース&スペースの競技。運営も同じく、兼務可能なスキルセット(演出×配信、審判×テーブル、広報×データ)を“スモールローテ”で回す設計が効果的だ。
報酬は固定+出来高+スキル認定で、育成=昇給が一目で分かるテーブルを公開。「次のスキルで〇円アップ」を明示すれば、離職率低下と内製化が進む。
リーグ横断では、審判・演出・配信のプール制を整備し、需給の季節変動を相互補完。結果として、個人の年収平準化とクラブの人件費最適化が同時に進む。
結論|待遇は「最後に回すもの」ではなく、「設計の最初に置くもの」
サラリーキャップは“節約のため”ではない。面白さを最大化して価値を広げるための制度だ。価値が広がれば、現場に回るお金は必ず増える。
その日を待つだけでなく、今日からできる待遇の作法を積み上げよう。
スターの輝きも、審判の笛も、チアの笑顔も、会場の導線も、ひとつのエコシステムの中にある。
「選手が稼ぎ、現場が報われ、ファンが誇れる」――その順番を、制度と実務で同時に実現する。Bリーグの次の10年は、そこから始まる。